サルコーマ手術から3年【2015年4月退院の記録】
初投稿日2018-04-05
10万人に1人の希少がん・忘れられたがんとも言われるサルコーマ(肉腫)の記録です。大きな開腹手術から徐々に回復し、退院が近づいてきました。
先生の愛情の日の丸
約2週間入院しました。
毎日の測定表(体温・血圧・体重・食事の量などのB4の紙)がベッドにかけてあります。ある診察の時間、その測定表に、先生が大きな日の丸を書き込まれました。
そっか~。がんばったから、日の丸(祝)なんだなぁ~。
先生方のアイデアはまさに愛です♡
退院決定です!!その日が退院予定日です!!
腫瘍の大きさと手術
手術では、”短時間で鮮やかにつるん”とY教授先生が取り出してくださったとのことでした。術前説明で懸念されていたお腹の管も輸血も必要なく、予定よりもかなり早い時間で切り取ってくださいました。まさにドクターXです。
手術で取り出した腫瘍の大きさは、ウソのようですが、約3.6kg・約40cm×30cm以上あったとのことでした。
そんな大きい腫瘍ゆえ、まさに赤ずきんちゃんのオオカミさんのように、お腹を胸のすぐ下からおへその下10cmくらいまで縦に長く切ってありました。30針以上縫って(ホチキスで留めて)ありました。ブラックジャックで見る漫画のようなお腹になっていました。
そんなにも大きく育っていたのに、お腹の痛みもなく、弱りもせず、病気と気づかないまま進行していた【後腹膜肉腫】という病...。
生かすこと、生きること
入院中は、命に必死に向き合いました。
その生きるために必死の時に気づいたことは、生きるか死ぬかの病室という場所は天国のようなところだということです。
健康な側からみると、どちらかというと病気や入院は、陰のイメージが強いと思います。が、その現場では、お医者様・看護師さん・患者の使命が「生かすこと、生きること」につきて、根源のみなので、ただただ、太陽の光に包まれたような場所だったのです。
一方、陽のイメージ側の一般社会。日常的な、いじめ・ねたみ・悪口・地位や権力志向。
陰陽のイメージとは逆で、病室には、人として理想の感情が溢れていることを知りました。命に対して必死の時は、誰もがただただ温かく優しく強いのでした。
Opal毛糸を1玉持参していました。入院中に1足編み上げ、歩かせてくれた看護師のMちゃんへ。編むことで、そんな小さな作業で自分なりに元に戻りたがっていたと思う。
退院当日
退院は嬉しいようでいて、まだまだ身体を起こすのさえ大変だったので、先生も看護師さんもいない自宅で日々を過ごせていけるのかが不安で怖くて、「先生、退院したくないです...」とかも言っていました。
退院の朝、家族が迎えにきてくれました。病院の中では出来るだけ長い距離を歩く練習をしていたものの、病院の外の世の中のスピードは速く、傷跡は痛く、お腹の奥も痛く大変でした。
とはいえ、家に帰れるのでひとまず成功です!
◆退院時の処方薬
酸化マグネシウム・大建注湯(腸閉塞対策、腸の動きをよくする副作用の少ないお薬と漢方のみ)
ロキソプロフェン(一応、痛み止め)
◆退院療養計画書の注意事項
・1週間後の外来予約
・定期的に通院・検査
・食事、入浴、運動についての制限はありません。
◆支払。診療明細書、診断書をもらう(退院時診断名「後腹膜腫瘍」)→後日、病理診断後「高分化型脂肪肉腫」になりました。
家族に心配をかけ、スコにもお留守番をさせてしまいました。
ただいま!!
帰ってこられたよ。
「忘れられたがん・希少がん」の理解が広まりますように!クリック応援いつもありがとうございますm(_ _)m♡