会いたいという純粋な気持ちありき
「最近周りで亡くなる人が多いから、後悔しないように、会っておきたい」
という連絡がきた。んっと、なにかが違う。
たぶん、その「会っておこう」は、純粋な恋しさから湧き出た「会いたい」ではなくて、自己満足の「会いたい」だもの。
命の終わりを相手に置いて、相手の命が終わることを想像したのか知らないけれど、「なくなる人が多いから、友達のあのコも亡くなるかも知れないから、その前に会っておこう」と言う発想は、「売り切れる前に(必要かわかんないけど)買っておこう」という発想に似てる。
死ぬ時に後悔しないように、というのは、「(自分自身が)明日死ぬかのように生きろ」という教えのことであって、他人が死ぬことを想像して行動するのとは違う。もちろん、親孝行はとことん悔いの残らないようにするのがいい。
いつ(自分の)人生が終わるかわからないのだから、
会いたい、のに、会いたい気持ちを我慢してしまう自分に
やりたい、のに、踏み出す勇気が足りない自分に
その気持ちは我慢することじゃないよ。
ってこと。
いつ(自分の)人生が終わるかわからないのだから、
会いたいなら会いたいって言おう
好きなら好きって言おう
ありがとうって感謝しよう
やりたいなら踏み出そう
行きたいなら行こう
ってこと。
自分の命において、純粋な想いから目をそらさずに進め進め。ってこと!
明日自分の人生が終わるかもしれないってことを知っておくと、自分の純粋な想いを尊重出来る生き方になる。純粋な熱い想いがこぼれると、空気が世の中が周りが動く。不思議なのだけど、本当にそう。
自分はもう少し生かしていただけたらいいな。と思ってるの。
と同時に、いつ終わっても悔いのない自分になっていたいと思うよ。
日々、おまけの一歩を生きています。
いつもありがとうございます。
花冷えに気をつけてご自愛くださいね。お互いにね。













