会いたいという純粋な気持ちが先
「最近周りで亡くなる人が多いから
後悔しないように、会える時に会っておこうと思って」
という文章を読んで、
んっと、なにかが違う。
たぶん、
その「会っておこう」は、純粋...ではないと思った。
命の終わりを相手に置くと、「売り切れる前に買っておう」という発想に似てくる。
「明日死ぬかのように生きろ」という教えは
会いたい、のに、会いたい気持ちを我慢してしまう自分に
やりたい、のに、踏み出す勇気が足りない自分に
いつ人生が終わるかわからないのだから、その気持ちは我慢することじゃないよ
ってこと。
いつ人生が終わるかわからないのだから、
会いたいなら会いたいって言おう
好きなら好きって言おう
ありがとうって感謝しよう
やりたいなら踏み出そう
行きたいなら行こう
ってこと。
自分の命において、純粋な想いが先!
誰もが、明日自分の人生が終わるかもしれないってことを知っておくと、自分の純粋な想いを尊重出来る生き方になる。純粋な熱い想いがこぼれると、空気が世の中が周りが動く。
自己都合で計画する温度の低い生き方では周りは温まらない。
そんな文章を前に、
自分はもう少し生かしていただけたらいいな、と思ってるんだよなぁと思った。と同時に、いつ終わっても悔いのない自分になっていたいと思いながら、日々、おまけの一歩を生きています。
いつもありがとうございます。
花冷えに気をつけてご自愛くださいね。お互いにね。













